終わらない葛藤

今日は私自身の胸の中にあるモヤモヤ、葛藤を書いてみようと思います。こうして思い切ってお話することで、ちょっと楽になるかも、、、と期待して。

アメリカでの生活は今年で計10年、英語を学び始めて17年、いつになっても葛藤が尽きない。。。年月が過ぎれば過ぎるほど、学べば学ぶほど、より高く厚い壁にぶつかる気がします。今が丁度学びの頂点なのかな? 英語の基礎の部分が固まって、今まで見えなかった部分を見ることができるようになったのかもしれない。でも10年後、また同じようなことを言ってるかもです。。。

今になって、英語の基礎ができて、アメリカでの生活に慣れて、日本についても益々客観的に考えられるようになって、自分が生まれ育った『日本の社会』について思いを巡らすことも多くなりました。英語という言語、そしてその言語が私に見せてくれる人々やその人々の生き方、社会。それを目の当たりにすると、日本に対して疑問に思うことも沢山でてきます。もちろん日本の良さに気づくこともあり、嬉しいこともあるけれど、自分の国のネガティブな部分を突きつけられると辛い。見たくないし、認めたくない。私たち人の、自分や自分の生まれ育った環境が『正しい』という思い、それには凄いものがあります。幼い頃から正しいと信じてきたことに疑問を投げかけられると、私もその信じてきた思いを必死で守ろうとします。どうして正のかを論理的に考え、本当に正しいのかと判断する前に、とにかく頑固に『正しいのだ!』と決めつけたくなります。

今ソチオリンピックで盛り上がってますが、日本のメディアの日本人選手や日本という国の取り上げ方はすごい。日本人の選手が出場する日程に合わせ、その選手に注目した報道の仕方。日本人が出場しない種目はあまり話題になりません。(メディアを責めているわけでは決してないです。メディアは社会全体が求めるものを利益のために提供していると思うので。)国家全体で盛り上がって、日本のメダルの数を数えます。それが当たり前だと、私はずっと思ってました。みんなで一緒になって、国全体で戦う、とっても美しい光景です。でも外からみると、ちょっと過剰のようにも思えます。私の周りのアメリカ人の人たちには、『偏っている』と映ります。アメリカは多国籍国家なので、この国の人々のルーツは様々。オリンピックなどのスポーツの報道も、いろんな国のいろんな選手がズームアップされます。アメリカの選手が出場していないレースでも報道されます。アメリカのメダルの数が云々というトークも、友達や同僚としたことはありません。

さっきあげた例で、日本とアメリカのどちらがいいのか悪いのかは別として、言語を学ぶと『言葉』以外の部分で多くのことに気づかされるのです。気づきたくないことにも気づかされる。そして知ったからには、どちらがいいのか考えてみる必要がある。頭の中でどちらが正しいか結論が出ても、自分がこれまで当たり前に思っていた考え方や行動を変えるのはすごく難しい。何年も何十年もかかって変わっていくのだと思う。

言語を学ぶことの奥深さを、毎日感じながら過ごしています。イライラするけど、こうして気づけることができる自分に自信を持たなければと思います。自信を持てるよう、自分に言い聞かせます。自分自信や自分の愛する国を客観的に見ることは簡単なことじゃないから。私の場合、17年もかかったし。これから長年英語を指導していくと、私の生徒さんも私みたいな思いを持つことになるのだと思う。苦しむことも沢山あるのだと思う。でも、そういう子どもたちを育てていかないと、日本の社会は発展しない。

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